きんゆう女子。

きんゆう女子。が
生まれたストーリー

「きんゆう女子。」を最初に思いついたのは、2015年の秋頃。青山の小料理屋を出て、その日3つ目の会食に顔を出すため赤坂に向かうタクシーの中でした。

その時の私は、FinTechベンチャーのマーケティング・企画・広報の執行役員。金融のことは全く分からないけれどとにかく目の前にあったベンチャーでの責任ある仕事にチャレンジしたい一心で日々過ごしていました。

私のキャリアは、旅行会社で始まっています。6年半、法人営業をしてオーダーメイドの海外旅行をメインに作って営業、添乗をしていました。経営者の方とお会いする度「起業したい!」という野心が生まれ、2015年1月に退社。夢は大きかったけれど、20代は全く金融と関わるどころかお金のことは無頓着でした。お金を稼ぐことや仕事の楽しさは、たくさん知ることができたけれど、不安も疑問も感じることもなくあっという間の20代でした。

退社してから2ヶ月間、独立するために経験を積もうと、友達のビジネスを手伝ったり、経営者に話を聞きに行ったり……。とにかく沢山の人に会っていました。

そこで出会った、FinTechベンチャーでの責任ある仕事。これが、私の金融との初めての関わりでした。将来(個人事業でも株式会社でも)独立したいなら、まずは新規事業立ち上げに関わったら?というその会社の代表からの一言で飛び込みました。

責任ある仕事を任されたのだから、頑張ろう!と、金融の本やインターネットで調べたり、セミナーにいったり。でも、難しくて単語が頭に入ってこない。周りは、詳しそうな人たちばかりで質問もしにくい雰囲気。金融に加えて、IT業界でもあったのでインターネット用語も分からないので心が折れてしまいそうでした。

そんな中、一番楽しく勉強になったのは、業界の方々とランチしたり、飲みに行ったり、なんでもひざを突き合わせて話を聞くことでした。「金融ワカラナイ。でも分からないなりに、勉強を始めました!」そんな自分のことをSNSや出会う人に発信して、得た知識や自分の考えを女子会でも共有したりするうちに、自らの金融リテラシーを上げるための活動「きんゆう女子。」が始まりました。

一方で、勤めていたFinTechベンチャーでは、新しいアプリを公開。チームで心を込めて作ったアプリだったのに、なかなか女性には広がりません。マーケティング・企画・広報としてはなんとかしなければ。という思いとともに、私の中で「女性の金融やITリテラシーが低いから、金融は自分とは関係ないと感じて、サービスの価値も分からないのでは?」という仮説が生まれました。

そんな中、歴史ある金融街「兜町(かぶとちょう)」に出会いました。FinTechベンチャーから大企業、官公庁、取材も含め約120名の方々が参加するイベントに参加したのです。

その時に東京証券取引所の大家さんである平和不動産さんと出会い、こんな話を聞いたのです。

「20年位前までは、金融街として賑わっていたけれど金融業界もネットが主流になり、街の活気が足りない。もっと女性にも集まってほしい、金融に関わらない人も街に来てほしい。沢山の方が集う投資と成長が生まれる街にしたい。」

それを聞いて、旅行会社での経験を活かして金融業界ではない私にもできることがあるかもしれないと思いました。

この街で、金融に前向きに関わる女性が集まったら日本経済や街が華やかになるのでは?旅行会社時代、ニューヨークやロンドンなどの金融街をわざわざ見に行きたいという団体旅行のお客様のツアーを作ったこともあり、金融は街の魅力の一つになるのでは?と、直感が働いたのです。

すぐに「きんゆう女子。」の企画書を作り、提案。トライアルとして2015年12月に、平和不動産さんの持ち物である東京証券会館で第一回目のきんゆう女子。会を行い、翌年3月には新しくオープンしたコミュニティカフェ:CAFE SALVADOR BUSINESS SALONでの活動がスタート。女性向けの兜町・茅場町エリアの観光マップを作ったり、女子会で会場をお借りしたり、一緒に街を盛り上げるお手伝いをはじめました。

プライベート活動からはじまった「きんゆう女子。」は、今では毎週木曜夜に10〜15名の女性たちが自然と集まるようになり、コミュニケーションを通じて、等身大の自分の人生について考えるようになりました。参加者の意見を集約し、金融関連企業にイベント企画やウェブサイトやコミュニティのプロデュースを行うことも増えてきました。

女性の金融知識の向上が、個人の人生を豊かにするだけでなく経済を底上げすると考え、これからはもっと自由に、関わる皆様と一緒に「きんゆう女子。」の未来を創っていきたいと思います。

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